大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和34年(ネ)551号 判決

控訴人 原告 上嶋龍

訴訟代理人 平尾廉平

被控訴人 被告 加藤つう 外一名

訴訟代理人 本庄修

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人加藤つうはその所有名義の原判決添附目録記載の不動産につき控訴人に対し所有権移転登記手続をなすべし。被控訴人萱室元平は控訴人に対し右不動産につきなした津地方法務局青山出張所昭和三十二年八月二十日受附第一〇四六号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をなすべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用書証の認否は左記に述べた外原判決事実の通りであるからここに之を引用する。(但し原判決四枚目表十一行目より十二行目にかけて「田一反五畝十六歩」とあるは「田一反五畝六歩」の誤記と認める。)即ち、

(1)控訴代理人は

(イ)登記は第三者に対する対抗要件に過ぎないから仮令被控訴人加藤が原判決記載の贈与の確定判決に基いて強制的に、即ち控訴人の意思如何に拘らず登記をなしたとしても贈与の履行があつたものとなすことが出来ない。

(ロ)仮に右確定判決に基く登記が贈与の履行と解せられるとしても、右判決は控訴人名義の登記の抹消を命じているに過ぎず被控訴人名義に移転登記を命じているものではない。従つて、右判決に基いて被控訴人名義に登記がなされたとしても登記は無効であり贈与の履行たるの効力を有しないものであると述べ

(2)被控訴人等代理人は

(イ)右控訴人の主張は之を争う。殊に不動産は引渡がなくとも移転登記がなされた以上贈与の履行がなされたものと認むべきであり且民法第五百五十条但書の所謂「履行」の中には判決による強制履行をも含むものと解すべきであるから本件死因贈与は履行を終りたるものというべきである。又被控訴人加藤は前訴の確定判決の所有権確認の判決に基いて被控訴人加藤名義に移転登記をなしたもので右登記は固より有効である。

(ロ)仮に登記のみによつては履行を終つたものと認められず被控訴人加藤が控訴人主張の如く訴外上嶋美治郎の占有補助者と認むべきものであつたとしても、被控訴人加藤は上嶋美治郎の死亡以前から同人と共に本件家屋に居住し本件農地を耕作していたのであるから同人の死亡と同時に簡易の引渡によつて所有権を取得すると共に占有権をも取得して引渡を受け履行を終つたものというべきである。

(ハ)仮に然らずとするも控訴人は大正九年三月八日上嶋美治郎及その長女じよと婿養子縁組をなして上嶋家に入つて来たものであるが、之より先上嶋美治郎は大正六年九月十七日妻みよと死別した後被控訴人加藤と内縁関係を結び同人の死亡するに至るまで本件宅地上に本件家屋を建築之に同棲すると共にその裏手にある本件農地を耕作し来つたものである。その間美治郎は昭和十二年七月二十五日隠居して家督を控訴人に譲ると共に本件不動産を除くその所有に属する不動産を控訴人に相続せしめたもので本件不動産は美治郎死亡後の被控訴人加藤の生活を顧慮して之に贈与したものである。以上の次第であつて控訴人は美治郎の財産を十分相続して裕福の生活を営みながら被控訴人加藤の生活を案じて同人に美治郎が贈与した本件不動産を美治郎の意思に反して贈与の取消をなし自己の手中におさめんとするのは権利の濫用というべきであると述べ

(3)控訴代理人は右被控訴人等主張事実は之を争うと述べた。

(4)立証として被控訴人等代理人は乙第四、五号証を提出し控訴代理人は右乙号証の成立を認めた。

理由

本件控訴人が同じく控訴人となり本件被控訴人加藤を被控訴人とする津地方裁判所昭和三十一年(レ)第二三号不動産所有権保存登記抹消登記等請求控訴事件において同裁判所が本件物件が訴外亡上嶋美治郎から被控訴人に死因贈与されたものであることを認める旨の判決をなし(右事件の事件番号は成立に争のない甲第十号証によつて之を認める。)右判決が昭和三十二年七月十八日被控訴人等主張の如く確定したこと、右判決に基き被控訴人加藤が本件物件につき同人名義に所有権の登記をなしついで控訴人主張の如き売買予約を原因として被控訴人萱室に所有権移転請求権保全の仮登記がなされたことは当事者間に争がない。

控訴人は右死因贈与は書面によらざる贈与であるから訴外上嶋美治郎の相続人としてその一切の権利義務を承継した控訴人は之を取消し得るものであると主張し右死因贈与が書面によらざるものなること、控訴人が昭和十八年三月十四日右美治郎の死亡によりその相続人となつたことはいずれも被控訴人等が明に争わないから自白したものとみなすべきであり控訴人が右贈与を書面によらざるものとして前記確定判決後である昭和三十二年八月十七日之を取消したことは成立に争のない甲第八号証の一、二によつて之を認めることが出来る。

被控訴人は控訴人は前訴において贈与の事実を否認しながら本件において死因贈与を主張するのは禁反言の原則に反する旨主張し控訴人が前訴において贈与の事実を否認していたことは成立に争のない甲第十一号証の二乙第一号証甲第十号証により明であるが既に前訴の確定判決において死因贈与の事実が認められた以上右事実を基礎として立論するのは当然であつて之を以て禁反言の原則に反するとなすことが出来ないこと勿論であるから被控訴人等の主張はその理由がない。然しながら、前訴の判決において贈与(死因贈与を含む)の事実が認められ右判決が確定した以上右贈与を書面によらざる贈与であることを理由として取消すことが出来ないものというべきである。即ち、書面によらざる贈与の取消を認めた民法第五百五十条の立法趣旨は一般に贈与者は軽卒に契約をなすことがあると共にその真意が必ずしも明確でないことがあり得るため書面によらざる贈与者に一律に取消権を与えて後日の紛争をさけんとする点に存する。従つて、右書面は契約と同時に作成することを要するものでないし(大正五年九月二十二日大審院判決民録一七三二頁)又判決手続によつて慎重に審理せられ贈与の事実が確定せられた以上最早贈与者の意思が不明確であるとか軽卒に契約をなしたとかの主張を許す余地がなくなるから贈与者に之を理由として取消権を与える必要が存しないからである。換言すれば確定判決によつて贈与の事実を認められた以上それに少くとも書面による贈与と同一の効果を認めたとしても何等不合理の点はなくそれは既判力とは別個のものだから判決主文に掲げられない部分についても生ずるからである。尤も事実審の口頭弁論終結前に取消権が存在し且之を行使し得たにも拘らず之を行使せずして口頭弁論終結後に之を行使して当該確定判決による執行に対し請求異議の訴を提起し得る旨の大審院判例があるが(大正十四年三月二十日大審院判決民集一四一頁)右判例は民法第五百五十条の立法趣旨に照し同条の取消権に適用がないものと解すべきである。けだし、民法第五百五十条の取消権消滅の右効果は前記説明により明なる如く既判力の効果とは無関係だからである。本件の場合前訴において取消権の行使せられなかつたこと前記甲第十号証乙第一号証により明であるから控訴人は最早本件死因贈与を書面によらざるものとして取消すことが出来ないものであり控訴人のなした前記取消の意思表示は無効というべきである。

されば、控訴人の本訴請求は爾余の争点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

以上の理由により結局右と同趣旨に帰着する原判決は正当であるから本件控訴を棄却し民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用し主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 県宏 裁判官 越川純吉 裁判官 奥村義雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例